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HPについて 週刊卍 恭介の部屋 空が落ちてくる! 試聴室 更新履歴
 

週刊卍 2003

 

今週号の「金曜日」に載せた記事の「完全版」です。

原点に戻る力 2003年11月23日

ザ・ホワイト・ストライプ「エレファント」V2CP 150 

ロックと言う音楽が、辛うじて今日まで命脈を保ち続けることが可能であったとすれ
ば、それは原点に戻る力、もっともプリミティブな混沌へと帰る力を持っていたから
ではないだろうか。商業化の果てに風俗と成り果てるすんでの所に、ビートルズやボ
ブ・ディランが、最近ではアーニー・ディフランコが現れ表現の座標軸を更新してき
た。

それに近い驚きを覚えた。ザ・ホワイト・ストライプスというアメリカのバンドであ
る。ロックンロール・リバイバルだという。ガレージ系の活きの良いバンドが話題で
ある。ストロークス、フィーダーなどなど、、全然面白くなかった。ところがこのバ
ンドだけは耳に残った。ホワイト・ストライプスはアメリカ、デトロイト出身のジャッ
ク・ホワイトとメグ・ホワイトという姉弟からなるユニットで弟のジャックがボーカ
ルとギターを、姉のメグがドラムを担当するベースレスの最小限の、と言うかかなり
異色な編成である。99年にデビューし、01年のサードアルバムがイギリスでブレイク
したことで彼らは一気にメジャーシーンに飛び出した。そこで満を持して作られたの
がこの四作目の「エレファント」である。
この作品は彼らを成功へと導くことになったイギリスで、たった二週間で作られたと
いう。しかも、〆て80万円の制作費で、ロンドンの下町ハックニーの63年以降の機材
は一切置いていないと言う8トラックのスタジオで!(ライナーには「コンピュータ
は録音、作曲、マスタリングに至る一切の過程で使われていない」という誇り高いた
だし書きが!)

しかし、この作品が素晴らしいのは、古い機材にこだわっていることが「売り」になっ
ていない事である。古い機材と言うと例えばレニー・クラビッツが思い出されようが、
彼の場合のような「如何にも」のローハイサウンドが鼻につくと言うことが全く無い
のだ。同じことがこのバンドの編成にも言えて、ドラムとギターだけのユニットであ
ることが実に自然なのだ。おそらくそれは、ソングライターのジャックにとって、ひ
らめきをもっともストレートに音にして行くための仕掛けであろうと思われる。古い
ロックファンにはジョン・レノンの「ジョンの魂」を思い出してもらうのが早いかも
知れない。
ジャックのギターは骨太でセクシー。こ難しいことはやっていない。なんと彼は「ロー
リング・ストーン」誌の一位ジミ・ヘンドリックス、二位デュエイン・オールマンと
連なる歴代人気ギタリストの投票で、18位のレッチリのジョン・フルシアンテを押さ
えて17位にランクインしている!

歌われるのは、グランジを経て内面化されるようになった若者の等身大の痛みであり、
歌詞の一部を紹介してもさほどの理解の助けには成るまい。本人達によれは今作のテー
マは「愛しい人の死」で、おそらくそれはこの社会には存在しにくいもの、ナイーブ
なもの、ストレートなものへの追慕の謂いであろうと筆者は感じた。
アルバムは「セブン・ネーション・アーミー」「ブラック・マス(このマスはミサで
はなく数学)」とロックンロールで畳かけるように始まる。その後、意表をついてバー
ト・バカラックの「恋の戸惑い」のぶっ飛んだカバーが!その後姉のメグ歌うバラー
ドなどを挿んで、「ボール・アンド・ビスケッツ」はほぼストレートなブルース。ラ
イナーによるとジャックはブルースを最高の音楽形態と述べ、「自分もその伝統に加
わりたくてしょうがない」と告白している。たしかに彼らが愛してきたであろうルー
ツミュージックへの思い入れが随所に感じられるが、決してレトロでも復古的でも無
い。例えば「エア・ニア・マイ・フィンガーズ」のギターのリフは、ジミ・ヘンドリッ
クスの「ワイルド・シングズ」そのままである。が、それがなんだ!という小気味良
い仕上がりである。

最後の「愛しあってるのはほんとだよ!」という曲(日本盤ではボーナストラックが
更に二曲)では、なにかと近親相姦の噂の絶えない二人が、その噂を逆手にとって遊
んでいる。カーペ××ーズにはできない芸当です!
シンプルであること、原点に帰ること。おそらくあらゆる表現者がめざしてることで
あろう。それを鮮やかにやってのけられたなというのが正直な感想である。これから
が楽しみなユニットである。

生田 卍

金沢・筑豊ライブ御礼 2003年10月20日

9月の金沢、10月の筑豊ともにとても気持ち良く歌わせて頂きました。
それぞれの皆様の温かい御尽力のお陰です。
金沢は初、筑豊は5度目のコンサート、それぞれ、新しい、また懐かしい出会いがあ
り、忘れられないライブと成りました。恭介もいっぱい酒が飲めたし、喜んでおりま
した。取急ぎ御礼まで。

生田 卍

久々のレコーディング 2003年10月10日

自宅での歌やギター録りではなく、バンド揃ってのスタジオでの久々の録音をやりま
した。ほんとに久しぶり。ドラムの達さんは借金したてのSONORでの初レコーディン
グ。ベースの田村さんには今回ウッドベースまで持ってきてもらいました。
場所は新宿に程近いMスタジオ。エンジニアは旧知の旧知のなるやん。

今回録ったのは、ライブで評判の良い新曲「クワオワ」とバンドバージョンの「モー
ニング・グローリー」恭介の名作「ある街のレクイエム」それと題名未決定のラブソ
ングです。冥王星よりも先にもうひとつ小さな惑星が有ったと言うニュースはなんか
心にほんわかと灯を点してくれました。ずっと遠くにいた地球のきょうだいが、空の
どこかに微笑んでいるかのようで、はにかんでいるかのようで、それはここからは見
えない、パレスチナやイラクやミンダナオにいる、まだ出会っていない子供達の瞳の
ように思えました。今まですべてギリシャ神話から付けられていた星の名前が、今回
はアメリカ先住民の創造神「クワオワ」から名付けられたというのもなんか嬉しかっ
たです。

恭介の力作「ある街のレクイエム」は筑豊のゴーストタウンの写真からのインスピレー
ションで出来た曲だそうです。ほんとうに美しい曲で、一緒に演奏していて涙が出そ
うになる時もあります。恭介の希望(わがまま)で、今回はウッドべースと、ドラム
のブラシで、めちゃめちゃハイクオリティーなリズムが録れました。田村さんごくろ
うさま。いかりやの長さんではないけれど、指だこを作るのに時間が必要だったそう
です。まだ、ギターやマンドリンなどの「上モノ」は録ってませんが、そのことを考
えると冷や汗もんです。マンドリン誰が弾くんじゃ〜?

7時から始めて12時に終わる予定が、実際に終わってみたら4時半。白々としたこ
ろに半分飛んだ頭でそれぞれ家路に。これもまたいつも通りのレコーディングの朝の
景色でした。なるやんとスタジオの都合で、追い込みで作業できずしばらく時間はか
かりますが、ラフミックスが上がったら、HPにもアップしたいと思っています。
乞う、御期待!!

前回の週刊金曜日に載せたCD評です。

「タシャコール」アフガニスタンアシアナのこどもたちのために  寿,NUU 他
SEMC-369(KILA-TERA)2003年10月3日

 夏の終わりのあるチャリティライブで、久々に寿とステージを共にした。場数を踏
んで客慣れしたステージ技術とはまったく違う生々しさで、彼らは自然に客席と一体
になって行く。なびぃの天性の歌声とヨシミツ君の持つ絶妙のタイム感の賜物であろ
う。近頃彼らのその熱いステージを締めくくっているのは「ひろげよう」という曲で
ある。この曲に入る前のなびぃのMCが実に良かった。「生まれて初めて見た夢はなん
でしたか?その時、人を殺す夢を見ましたか?戦争の夢をみましたか?」このラディ
カルで真直ぐな問いかけこそ寿である。「冷たい夜は温め合いましょう/くらい闇に
はあかりを灯しましょう/ただくり返す『いのちの不思議』を/いつまでもいつまで
も/みんなと分かち合いたい//ひろげよう/ひろげよう もっともっと/ひろげよ
う/ここから〜」
リフレインは客席との終わることのないコール&レスポンスに成っていった。新たな
寿スタンダードの誕生である。さて、この曲がきけるアルバムはというと、、
 「タシャコール」と題された、ネイティブアメリカンフルート奏者の岡野弘幹氏が
呼び掛けた、アフガニスタンのカブールに有るストリートチルドレンの施設「アシア
ナ」へのチャリティCDがそれである。このCDには岡野氏を始め、新進女性シンガー
NUU,個性的な三線プレイヤー、ゲレン大嶋、ナチュラルでエコロジカルな木製楽器に
よる打楽器アンサンブルBAMBOOZ、それに寿が参加している。筆者はNUUを初めて聞い
たが、彼女が歌う「ただ」「手のひらサイズの心臓」という二曲ともソウルフルでい
てケレン味のないボーカルがとても気持ち良かった。また日常を鮮やかに切り取った
曲づくりの上手さ、またチューバやマンドリンなどを配したシンプルながら個性的な
アレンジも印象に残った。もっともっと聞いてみたい歌手である。寿はお馴染み「安
里屋ユンタ」とパレスチナとイスラエルの和解を祈った「シャローム・サラーム」、
前述の「ひろげよう」のライブバージョン(3曲とも)で参加。しっかりとアルバム
の核となっている。実は「シャローム・サラーム」は、寿が乗り合わせたピースボー
トで出会ったパレスチナ青年とイスラエルの女性を共に、沖縄でのライブに招待した
体験から生まれた曲である。始めは反目しあっていた二人は、最後にはお互いの平和
を祈りあえるようにまでなれたと言う。シャロームはヘブライ語で、サラームはアラ
ビア語でそれぞれ平和を意味している。この曲も録音された音源としては初となる。
そして最後に、岡野氏の祈りをこめたフルートでアルバムは幕となる。
 このチャリティープロジェクトは、岡野氏が実際にアフガン戦争後にカブールを訪
れた体験に源を発しており、彼はそこで戦争で傷付いた子供達が、楽器に触れること
で少しずつ表情を取り戻してゆくのを見て、「食料や医療の支援ももちろん大事だが、
自分達にできるのは情操教育の手伝いではないか」と思いあたったと言う。従ってこ
のアルバムの収益は、アシアナでの音楽教育の支援に当てられるそうである。
 イラク戦争という生々しい新たな現実によって、その前に強行された米軍のアフガ
ン侵攻と、その後の混乱はややもすれば忘れられがちであることは否定できない。ぺ
シャワール会の中村哲医師の報告を俟つまでもなく、アフガニスタンは決して平和に
成ったわけはない。くすぶる火の手のなかでますます多くの子供達が地雷や銃弾の犠
牲となるであろう。プロジェクトの成功を心から祈る。

九州ツアーその後 2003年4月28日

残念ながら九州でのライブは思ったようにはいかなかった。思いが強すぎたとも言え
るかも知れない、が、それ以上に、「故郷」という場所によって、生田が呪縛され、
ナーバスになってしまったことが原因だと思う。

地元のミュージシャンの演奏は素晴らしかった。とくに田口公人さんのオリジナルは
すばらしかった。ある意味では四畳半フォークの伝統とも言える「小さな自分」とい
う語り口から、失恋やイラク戦への憤りが紡ぎだされる。彼の楽曲の素晴らしさが、
生田が「大きな」歌を歌っていることへのプレッシャーとなって行った。「強きもの
の祈り」「ありがとうジョージ・W・ブッシュ」と「語って」いるのはだれか?

生田 卍というその故郷を出て「東京から来た」歌手はなぜ、大きな世界や「正義」
を歌うのか、、、、、

という問いが自分の中を駆け巡り、生煮えのまま曲を演奏してしまった。演奏の出来
は決して悪くは無かった。ぐっと来る瞬間がいくつも有った。ところが、故郷のリス
ナーに対して自然なボールを投げることができず、結果的にキャッチボールは成り立
たなかった。

演奏をギリギリまで引っ張ったため、飛行機には到底間に合わない時間となっていた。
信じられない地元のスタッフの御努力により、奇跡的にフライトに滑り込めた。
心地よい疲れでは無く、頭を巡りまくる問いに呪縛されたままのフライトだった。

「語る主体」はいったい誰か?「がたんふなうた」「強きものの祈り」「ありがとう
ブッシュ」「モーニング・グローリー」という一連の曲を歌っている「ひと」はだれ
か?リスナーは細切れの楽曲としてでは無く、ひとりの同郷人の物語としてストーリー
を結ぶことができたのであろうか、、いや、おそらく答えは否である。

大きな宿題をもらった。少しづつ答えのようなものも見えつつ有る?それは5月の
ライブの折に感じてもらえるだろうと思う。等身大の上に「世界」が透けて見えるこ
と、、、、、

先日NHK広島の製作した「にんげんドキュメント」を見た。ある被爆者の死と、彼に
縁の深かった三人の被爆者たちの記録である。感動したのは、年老いた、死を前にし
た彼らが、すこしも「出来上がって」いないことだった。ある被爆者は、癌で死にか
けてから、はじめて原爆で死んで行った人々の無念が解りかけてきた。語り部として
改めて出発だと語る。ギリギリの体にむち打って彼は語りの旅に出て行く、、、

最後の瞬間まで、かれらは自分の表現と向き合い、「リアルである」ために、分かり
やすく言えば被爆体験を風化させないために脱皮し続けるだろう。それはまさしく芸
術家の生きざまに他ならなかった。

改めて問おう。「語る主体」はいったい誰か?「がたんふなうた」「強きものの祈り」
「ありがとうブッシュ」「モーニング・グローリー」という一連の曲を歌っている
「ひと」はだれか?リスナーは細切れの楽曲としてでは無く、ひとりの被爆二世の物
語としてストーリーを結ぶことができるであろうか、、、、

韓国報告続き 2003年4月17日

イラク戦争の直中に投げ込まれて、中ぶらりんになってしまいましたが、S0-S0
ソウル滞在記の続きです。筆者は最終日に合流した恭介です。
あえて付け加えておくと「日本韓国入り交じってのライブは昼から夜10時まで続き、
一泊二日の強行な旅の疲れも吹き飛ぶほど楽しいセッションで幕を閉じた。」と言う
部分の主役はまぎれもなく愛染恭介その人でありました。彼はすべての出演者の演奏
にアドリブで切り込み、そのブちぎれたギターで文字どおり居合わせたひとびとを狂
喜乱舞させ続けたのでありました。まるで、剣豪がばったばったと切り倒すのを見て
いるようでとても痛快でした。そして、日本でのライブのあとでもそうなることが時々
有るのですが、打ち上げで、韓国側のバンドの若手のギタリストに捕まり、エフェク
ターや練習方法などしつこく聞かれまくり、韓国美女にはまるチャンスをみすみす逃
したのでした。やんぬるかな!!恭介!!

生田 卍
寒くて熱いソウルの夜  愛染恭介

初の韓国でソウルの明洞大聖堂が集合場所だった。目的はライブコンサート、他メン
バーは先行現地入りしてる。ギターと荷物を持って一人うろうろしていると道端で演
奏している韓国人が手招きしている。一目見て「日本人」と分かる面識のない僕を旧
知のごとく迎えてくれた。
コンサート会場が実はストリートと分かり一瞬面食らったけれど、そこは毎週月曜
日20年間ライブが行われてきたというちょっとした歴史のある場所だった。演奏場所
には募金箱が用意され、「解雇された労働者の息子、娘達に奨学金を」というような
内容の横断幕が後ろに掛かっていた。反米運動が盛り上がる韓国で、当然イラク武力
行使反対の集会も行われ、今回これらの場所での演奏企画をたてる労働文化制作セン
ターの招待だった。

そのストリートの前はホテル、オフィス、飲食店がひしめく所で、演奏による苦情が
でたのは始めた当初の数日だけで、次第に理解を示してくれた周辺の人から、今は苦
情がないと言う。20年前からここでやり続けている朴俊さんと道端の露店の人達が仲
良く声を掛け合っている。日本では考えられない程、次から次へと金を落としていく。
かつての軍事政権下では危ない目にもあったという。日本韓国入り交じってのライブ
は昼から夜10時まで続き、一泊二日の強行な旅の疲れも吹き飛ぶほど楽しいセッショ
ンで幕を閉じた。

その後は当然盛大な打ち上げ、テーブルいっぱいのナムル、キムチ、浴びる程の酒マッ
コリ。韓国は野菜が豊富だ。野菜の量の多さは、食文化の豊かさを感じる。宴で労働
歌も聞かせてくれた。ほろ酔い加減で一人が歌うと、皆が当り前のように一緒に歌い
だす。その輪の中に各地の労組に支持される人気グループ「コッタジ」がいた。この
グループはCD10万枚のセールスを上げ、いわゆるメジャー音楽産業ではない所での数
字としては驚異的であり、それだけで食べていける数字である。それは韓国では労働
の中に、生活の中に、歌が生きている証なのだ。

広島の人文字を力に!! 2003年3月10日

生田から緊急なお願いです。
広島の人文字の成功に、東京の私達もどれほど励まされたかしれません。せっかくの
あの人文字を無駄にしないために、いっそうの力に変えるために以下の呼び掛けに目
を通して下さい。よろしく。韓国報告の続きと、日比谷の報告は準備中。もうすこし
許して下さい。生田 卍
広島の橋本と言います。
3/2に人文字のニュースを見ていただけたことと思います。
6000人の人々!あの文字の中にいて、平和の風を感じました。
私は実行委員ではなく、単なるボランティアとしてビラ配りや
前日の人文字のライン作りに参加しました。
それでも、もの凄い充実感がありました。

メールの力も実感しました。知り合い50名近くにメールで
参加を訴えたのですが、10名近い方が応えてくださいました。

ただ、現在問題が発生しているそうなのです。
何と新聞広告を出すためのお金が足りない!
それも300万円以上!
口座へのカンパが少ないとのことです。
いてもたってもおられずメールを送らせていただきます。

今朝のニュースで小泉首相は国連決議なしでも攻撃を支持すると
流れていました。
時間がありません。
下記に募金していただけるようできるだけたくさんの方に
お願いしていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
-----
広島銀行・五日市八幡支店
普通預金口座:3002416(店番号075)
口座名:「人文字に願いをこめて」

銀行名 ジャパンネットバンク
支店名 本店営業部
口座番号 1122296
口座名 ナカムラシュンイチ

郵便振替口座(27日以降)
口座番号 01360‐8‐78313番
口座名称 人文字に願いを込めて

韓国報告 初日の弐 2003年2月24日

反戦デモの中間集結地点の小公園の前にかなり立派な移動ステージを横付けにしてそ
こで演奏するという。すでに若手のパンクバンドが演っていた。聞き取れない英語で
がなっているがかなり退屈。いずこも同じ秋のゆふぐれ〜。と、突然移動せよとの指
示。国際共同行動デーのためかいつもよりかなり多い警官隊がジリジリと寄せてきて
いるのだ。おびただしい濃紺の制服が公園の反対側を制圧。パンクバンドの次の次に
演奏の予定でギターのチューニングも終えていたが、ついに支えきれなくなったらし
い、この場所を放棄して地下鉄でひとつ先の公園へ各自(デモとしてではなく)三々
五々移動の指示が。慌ててギターをしまって暮れかけた風景の中を地下鉄へ。

地下鉄の出口には既にびっしりと警官隊が。精悍だがあどけない顔の青年達。
階段の上に横断幕をかかげステージを作るがやはり警察の規制は続く。「さがれ!さ
がれ!」のシュプレヒコール。良く見ると、最前列の参加者たちが必死で片足を警官
隊の盾に押し当てて辛うじて集会の場を確保しているのだ。じりじりとした攻防の中
で二時間中断した集会が再開された。とっぷりと陽が暮れて寒い。米兵にひき殺され
た二人をあしらった灯ろうのついたろうそくの棒が会場を埋め、通路を慌ただしく横
切り、左右に揺れる。コッタジのメンバーも集まりみんなで出番を待つ。安致煥(ア
ン・チファン)の作った闘いの死者を悼む歌。戦前からあったという抵抗歌「松よ!」
などが夜を揺るがすように歌われる。音楽と集会との距離の近さがたまらなくうらや
ましい。フィリピン以上かも!?集会の添え物として、アピールとアピールのつなぎ
として、せいぜいアトラクションとして扱われるどこぞの国とのこの違いはなんだろ
う。

出演時間と渋谷の集会に電話をする時間が近い。なんと言うことだ。7時4分に電話
報告をする予定。韓国のこの張りつめた熱い雰囲気を伝えたい!6時59分から指定
された番号にかけ続けるが、日本語で「留守録になっております」というメッセージ
が流れるばかり、、、、、出演時間は警察の圧力が強まったことに対する抗議のため
「幸いにも」延びたのだが、、10分過ぎまで10回以上かけ続けたが断念。う〜ん
残念、無念。

ステージから懐かしいメロディーが。朗々としたオペラのような声の持ち主は体重1
00キロはあろうかという巨漢で、エレピに合わせて我が心の師匠、キム・ミンギの
曲を歌う。会場は水を打ったように呑まれている。曲は「常緑樹(荒れ野の青い松の
ように)」

 野に立つ青い松を見よ 見守るものとてなく 風雨にさらされ 吹雪にうたれても
  この世の終わりまで 青々と茂る

 悲しみと痛みに満ちた過ぎし日が 二度と再び戻ってこないように
  汗を流そう 目をさまそう
        荒れ果てた野に立つ松になろう

ゆったりとした美しいメロディー。なり止まない拍手。エンコールのかけ声、、、

さあて、本番だ。
時間の関係で僕らもコッタジも一曲ずつ。最後にジョイントでキム・ミンギの「朝露」
演ることにする。悩んだが「がたんふなうた」を選ぶ。会場の盛り上がり方は昼の比
ではない。達つぁんのハングルMCバカ受け。あとで、労働文化センターのパソコンで
ブロードバンドで流されているこの時の演奏を見たが、幸いにして悪い演奏ではなかっ
た。水門を開けに行こう(スムヌルヨルロガジャ)だけではなく、昼間から人が多かっ
たせいか「エンヤラ、エンヤラ」の部分も会場からのレスポンスが返ってきてくる。
「エンコール」のかけ声がすさまじくステージを降りられない雰囲気だが、あとでも
う一回登場すると言うことでコッタジと交代。

コッタジの人気はやはり凄い。登場しただけでわくわくの雰囲気。コッタジは代表曲、
アン・チファンの「人は花より美しい」を大柄な振りとともに歌い上げる。大盛り上
がりの中でギターを抱えてまたステージへ。「朝露」を演奏するのになんの前置き
やMCが必要だろうか。20年以上前に衝撃を受けて、ずっと心の支えになってきた曲
を3000人近くの韓国のひとと共に、コッタジと一緒に歌う、、、波打つキャンド
ルと闇と人の熱気の中で、、、、伝えようがない、、もうこれ以上勘弁して下さい。

またまたいくつかのインタビューをうけて(とても美しい英語でした)コッタジと打
ち上げへ。インサドンの繁華街を歩き回るが、大人数のためなかなか入れる店がない。
途中で尾沢さんが、坊主頭で顔がやたらにでかい人に挨拶されている。冬なのに木綿
のよれよれのシャツを地肌に着て、ジャケットを羽織っただけの格好も異様である。
でもやたらと人懐っこい笑顔。

「彼は俳優です」と日本語で、労働文化センターの歌の講師パク・ミヨン氏が言う。
(書き込みありがとうございました。)彼はギー・マンスーという韓国の伝統的な一
人芝居、乞食が漫談と歌で、権力者を風刺すると言う乞食芸の伝承者であった。
生まれながらの芸人、彼が打ち上げをどれほど盛り上げてくれたか。みんなで食べた
焼肉がどれほど旨かったか。マッコリがどれほど消費されたか、、、これはその場に
居た人でなければとても分かってはもらえますまい。

割り勘にしようとするぼくと達つぁんを羽交い締めにして、宴会は日付けがとうに変
わったころ終了。音楽をやっているとこうゆう恐ろしい晩になんどか遭遇する。乞食
となんとかは三日やったら、、、というが、こうしてまっとうな社会人の道から永久
に転落することになるのだ。
以下次号

韓国報告 初日の壱 2003年2月22日

毎度の事だが、ほぼ完全徹夜で成田へ。ドラムの達つぁんが成田エクスプレスの中で
今回のメインの曲のMCのハングルバージョンを作ってくれている。これは結果的にも
のすごく役にたった。韓国のひとも目が点になっていた彼のオリジナルストリートド
ラムセットによる入魂の演奏とともに、彼のハングル能力は圧倒的な貢献度でした。

今回の企画を一身に背負ってくれた尾沢アジュンマー(年配の御夫人と言う敬称ひぇ
〜尾沢さん怒らないで〜)と空港で合流。彼女が永年築き上げてくれた連帯の人脈が
なかったら、韓国行き自体が成り立たなかったばかりか、後で御紹介するような成果
はとてもおぼつかなかっただろう。とにかく二人に感謝、感謝。

仁川空港には尾沢さんの親友、コッタジ(韓国の労働歌謡運動の柱となっているバン
ド。最盛期にはCD10万枚を売り上げる)の仕掛人、李銀珍(イ・ウンジン)さんと
カメラで文化運動を支える金ジュンボク氏が出迎え。この二人には最後の最後までお
世話になりっぱなし。

ジュンボク氏のカーナビ付き最新RV車で恭介の代役を勤めてくれるギタリストの待つ
スタジオに直行。とにかく譜面を追いながらの一回だけのリハ。ギターは金圭相(キ
ム・ギュウサン)氏で、マグリバンド(はじっことか半端者という意味)を主催、後
で分かったのだがギターだけでなくベースもドラムもできるマルチプレーヤーで音楽
学校の先生でもあった。彼は音楽学校の先生でありながら、細かい所にはこだわらな
いプレーでぶっつけのステージを盛り上げてくれました。

慌ただしく会場へ。この日は反戦集会〜デモへの参加。
おお懐かしの大学路(テハンノ)!かつて単身ストリートを敢行したまさに同じマロ
ニエ公園。公園はすでにプラカードを持った人々、サッカー戦の時のように顔に戦争
反対のペイントをした人々であふれかえっていた。米兵に轢き殺された二人の女子中
学生を悼むバッチをつけた人、それよりおおく目立つのはDON'T ATTACK IRAQのプラ
カード。日本の集会よりカラフルで、若い人が多い。語弊を恐れずに言えば党派っぽ
くない印象。いつもより少ないと言う主催者の話しで、ざっと4000人くらいか、、

慌ただしくステージへ引っぱりあげられる。英語の通じる人ならいるはずだと
「English Translator?!」と絶叫する。と、学生風のとてもきれいな女性が手を上
げている。ウヒョウ〜、、急いで通訳を頼むがステージには上がれないと恥じ入られ
てしまった。く〜!万事きゅうす。しょうがないので英語で「今日は東京渋谷でも同
主旨の集会をやっており、後で電話で皆さんの行動をそちらに報告する。国際的な連
帯でとにかく戦争をストップさせよう!」とがなるとかなり盛り上がっている。通じ
ていたらしい。
曲は二曲と言われていたので「がたんふなうた」と「強きものの祈り」。達つぁん
のMCだけでもう充分に受けている。「がた」は達つぁん仕込みのにわかハングルで、
「水門を開けに行こう」の部分を「スムヌルヨルロガジャ」とハングルにしてみた。
熱い!とにかくあつい!韓国のひとの反応は熱くてストレートだ。一番ごとに(カラ
オケのように)どわーっと盛り上がり拍手がくる。リズムに合わせてプラカードが左
右に揺れる。達つぁんのドラムはシャープに全体を引っ張り、キムギュウサン氏もの
びのびとギターを弾いてくれた。

「エンコール」の声を浴びつつステージを降りると、今度はインタビュウ攻め。ハン
グルの物は達つぁんにまかせ、生田は英語に対応。と、ふとみると、数年前に福岡で、
グリーンコープ主催のイベントに呼ばれた時に会った、ハンサリムという韓国の生協
の副会長スウ・ヒョンソク氏が手を振っている。くらくらするほど素敵な女性。集会
に参加していて、僕らを見つけ、駆け付けてくれたと言う。感激〜!そのお友達で、
在日韓国人で、今はソウル在住の金美恵子さんが通訳をしてくれる。金さんは強烈な
趙博のファンで、とにかくパギヤンに会いたいとのこと。伝えなくっちゃ〜。

さて、その後、デモ隊の後を追うように移動。そこには凄まじい数の警官隊が待って
いた!以下次号

韓国ライブへ 2003年2月14日

皆様、忙しさと、自分の身辺の整理に追われ、ほんとうに失礼いたしました。
さて、15日より韓国に行ってきます。韓国はかつて、生田が香港ライブの帰りに飛
行機を無理矢理変更して、ストリートライブを敢行して以来、6年目になりましょう
か。その時のストリートライブには好奇心からか300名を超える人々が集まってく
れて感激!でした。

今回は、生田とドラムの清水の二人でスタートし、15日と16日の予定をこなしま
す。その際韓国の労働運動界に名高い、コッタジ関係のギタリストがヘルプに入って
くれることになっています。御大恭介大明神は最終日17日のみ参加。残念ですが、
どうしても日程がとれませんでした。

15日は国際的な反イラク戦争の共同行動の日になっており、我々は大学路で行われ
る反戦平和集会に直行。そこから、渋谷での日本の取り組みに対して、生田が国際電
話をかけることになっております。

16日は民主労組の大会での演奏になります。「みんなここに還る」で繋がった、闘
う国鉄闘争団の皆さんからの連帯アピールをたずさえて、「みんなここに還る」を披
露してきます。ハングルのできる清水が、サビをハングルに訳してくれたので、あん
ちょこを作って「一部」ハングルで演ります。

17日は明洞大聖堂の前で毎週行われている解雇労働者の子弟の進学のためのチャリ
ティライブに、コッタジや他の仲間とともに参加します。午後からの長〜いライブで
すが、恭介が空港から直行で駆け付けて、日韓を揺るがすギターを弾いてくれる予定
ですので、楽しみです。


毎日ライブ以外に宴会の予定が組まれており、相当破天荒なツアーになりそうですが、
また戻りましたら、恭介キムチ美女にハマる!などの御報告をさせて頂きます。

さて、ぼくは今でも「戦争は止められる」と思っています。ひとり一人がそれぞれの
チャンネルでやれることをやりましょう。

そこでグリーンピースがやっているサイバーアクションを御紹介します。皆様も是非
覗いてみて下さい。

http://www.greenpeace.or.jp/cyberaction/nowar_iraq_html

ではソウル行ってきま〜す!!

追悼ジョーストラマー 愛染恭介 2003年1月14日

黄金の60年代以降、U2登場以前に誰がいたか?といえばクラッシュと答える他は無い。音圧的に過激なパンクはいくらでもいるけどあれだけスリリングなバンドは他の追随を許さない。

物申すこと、やりたい音の貪欲さが、バンドが成熟する間も待てないというように次から次へと脱皮させ、生き急いだバンドだ。

ジョーのギターは武器に見えるし、言葉は風穴をあけるドリルのよう。私の十代の頃のアイドルでした。

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