トップ ニュース メンバー So-Soの歩み 掲示板 リンク
HPについて 週刊卍 恭介の部屋 空が落ちてくる! 試聴室 更新履歴
 

週 刊 卍

 

拘束事件 続報!2004年04月12日

 昨日は夕方仙台の会議から直接劣化ウランキャンペーンの対策会議へ。そこに、ご家族と行動をともにしていた伊藤弁護士から電話で呼び出し。家族メッセージを英訳して、即アルジャジーラに送るから、道庁東京事務所に急行せよとのこと。ご家族とのご挨拶もそこそこにすぐ訳に入る。一段落して今井君のおかあさんに名刺をわたすと、なんと、息子からCDを聞かされましたとのこと!ひぇ(*^.^*)〜。

 確実にジャジーラに送るためにファックス、メール、ホームページへの書き込みなど全部やってみる。その間いろんな情報が入り、ご家族は落胆されたり、憔悴の色が濃くなる。ほとんど寝ていない高遠兄弟が心配。で、三時前に、伊藤弁護士らとタクシーで帰宅。まだ、良いnewsは聞けてませんが、確実に三人を取り戻せるとしんじています。

 今出る前に昼のnewsをみたら、ジャジーラが、家族メッセージをすでに四回放送したとのこと。ほっ!で、今から原爆症訴訟関係でミニライブ。六時からは首相官邸へ。今日が正念場。

月山の彼方より2004年03月29日

 今日岩手から仙台を経て、山形の酒田に来た。月山の山越えは、もう神秘的としか言いようのない見事なもの。白銀の交響曲、山塊の曼陀羅。山々が呼応して放つバイブレーションに放心してしまった。霊山として崇められたのは当然だろう。畏友、村山二朗の楽曲「月山」が、ずーっと頭になり響いていた。

 さて、かつてメールでお知らせしたが、立川の不当逮捕事件の続報を。あの、自衛官宿舎にビラ入れをしてパクられたひとの中に、盟友、国分寺エクスプレスに親しい友人も含まれていることが判明。お伝えした通り、本人が、家宅捜索の上パクられた挙げ句、パソコンまで押収、拘束はまだ続いている。

 もともとひでー話だと思って皆さんにも抗議を呼び掛けたけど、知り合いだと思うと一層の怒りが、、、(`へ´)

これは、なにか仕掛けねばなるまいーというのが、恭介との結論です。

Van Morrison / What's wrong with this picture ?
2004年03月09日

 今週号の「週刊金曜日」の原稿は迷いに迷った。ヴァン・モリソンについて何かを書
きたくてたまらない衝動と、アーニー・ディフランコの「Educated Guess」を取り上
げるべきだと言う考えとの間でほんとうに途方にくれた。アーニーを延ばしたのは、
「ライブを見てから」と考えたせいである。もうひとつ、今回のアルバムの歌が、以
前にもまして非常に「痛い」ものであったためである。で、アーニーのライブである
が、世界最強のアーティストであった!想像していたより200%以上のパワーであっ
た。ギターの六本の弦の全てにまで集中したエネルギーが、彼女と世界とのせめぎ合
いの中で炸裂し、爆発する。これは詳しい報告をせねばなるまい。音楽に関わって来
たものとして、無上の喜びであると同時に、死にたくなるほどのライブだった。ちょっ
と、言葉が無い、、、、、

で、今回は、金曜日に載せたVanのブツについての文章の加筆修正版を読んで下さい。

作品「ホワッツ・ロング・ウイズ・ジス・ピクチャー?」
 ヴァン・モリソン 東芝EMI Blue Note TOCP-67241

タイトル 「歌うこと」への闘い

 エピソードをひとつ。本稿を起こすに当り、今まで未聴だったヴァンのアルバムに
一作でも耳を通しておこうと、玄人好みの品揃えを誇る金沢のCD店を訪れた。Vのコー
ナーを捜せども出てこないのでたずねてみると、店番の彼は「ヴァン・モリソンはロッ
クのコーナーには置いてありません。ヴァン・モリソンの棚に有ります」と答えた。
なるほど!ヴァンはそれがひとつのジャンルであるというのか。見事!

 しばしば「孤高のボーカリスト」と称されるヴァンは、多くの孤高のアーティスト
がそうであるように見つけにくい存在であるかも知れない。圧倒的な影響力を与えて
いながらも単純な影響関係や人脈に引っ掛かりにくい。ぼくもヴァンを知ったのはザ・
バンドの解散コンサート「ラスト・ワルツ」に於いてであった。その前、ヴァンはザ・
バンドのアルバム「カフーツ」に客演して、リチャード・マニュエルとの魂のデュエッ
トと言うべき「4%パントマイム」を録音している。その後離婚、薬物中毒を経て音
楽活動の廃業を宣言していたヴァンが、久々にステージに立った姿こそ、我々があの
映画の中で見る感動的な「キャラバン」のシーンなのだ。

 「孤高の」という形容詞はまた、完全主義者で偏屈と言われるヴァンの性格に由来
するものかも知れない。ステージの前後には一切誰とも話をしないとか、突然の長電
話で一方的に話しまくるとか、交通機関が大嫌いとか、その種の「神話」には事欠か
ない。(今回のアルバムに「もう神話はいらない」って曲が!)実際にザ・バンドの
ロビー・ロバートソンによれば、深夜に突然ヴァンは電話で「そもそもこの世界とは
、」などと言う深淵な話題を振ってきて、返答に困るとのことである。

 入手しえた限りで彼の作品をたどってみて、改めて思い知らされたのはその完璧主
義、歌と言う表現に対するストイックな姿勢であった。当初は時期によって歌い方ー
と言うよりも歌に対する現象学的な意味での「かまえ」ーが異なっていることに驚い
た。ところがよく聞いてみると、超絶名盤「ムーンダンス」に如実に現れているよう
に、アルバムの始めから一曲ごとに「歌う」ということに対するアプローチが違うの
である。それはスタイルを変えていると言うよりもむしろ、自らの「声」を捜す闘い
の結果であったように聞こえる。

 例えばボブ・ディランと比べてみて欲しい。ディランには最初から圧倒的な存在感
を持つ「声」が存在し、彼はその声を反省的に捉え返して歌ったりはしない(「ナッ
シュビル・スカイライン」の時期をのぞいて)。もとよりこれは上手い下手の問題で
は無い。対照的にヴァンは、もともと天性の歌の才能を持ちつつ、その才能を毎回括
弧に入れるかのようにストイックにアプローチを捜し続ける。

 そこで今作ということになるのだが、彼の衰えない創作意欲には脱帽するほかは無
い。今年で59歳、ソロになってから38作目である!充実作と評価された前作「ダ
ウン・ザ・ロード」(この中の「Georgia On My Mind 」聴いた?)から一年にして
それを凌ぐ力作をモノしたのである。今回はジャズの老舗ブルーノートからの発売であ
るが、もとより、ジャズは、アイリッシュ音楽、R&Bとならんで古くから彼の音楽を
構成して来た要素であり、違和感はない。むしろ、ノラ・ジョーンズで勢いに乗るブ
ルー・ノートがVanを売りたかったのではないか。ブルー・ノートのボーカル重視の
意欲的な姿勢は好感が持てる。

バンドも今までのメンバーと変わりは無い。が、ああ、なんという自由闊達さだろう
か!歌に対する方法的な自意識もすでに飛んでしまっている。今まで親しんで来たルー
ツ音楽が全て自然に溶け込み、あまりにも悠々。
表題作の「Whats wrong with this picture ?」や「Mo more myth 」「Fame」といっ
た作品は、音楽に関わって来た自らを見据えた内省的なもの。豪快なジャンプナンバー
、洒脱なバラード、すかしたブルーズに古いジャズの名曲(サッチモ画が取り上げた
トラッド「聖ジェイムズ 病院」)。おそらく彼のキャリアの中でも傑作と語り継が
れる作品となるであろう。至福の63分58秒である。

クワオワ 2004年03月01日

みなさま、改装して客席が大幅に増えたマイ・バック・ページを、文字どおりいっぱ
い、立ち見の状態にして頂きありがとうございました。
ラヒンの演奏素晴らしかったです。


さっそくお問い合わせ頂きました「クワオワ」の歌詞です。
MCでもしゃべりましたが、子供達の想像力が「今」「ここ」に限定されない、遠くの
存在者に開かれているような童謡をたくさん作りたいと思っています。デモ音源も
近々アップしますね。

     クワオワ
             −見えないきょうだい達へ

冥王星より ずっと遠い はるかな宇宙のへりで
いつか産まれた 星のきょうだい ちっこりはにかんでたよ
ずっと遠くで踊っていたよ 不思議な糸で つながり
地球の海をひぱってたよ ほんとに はずかしそうに

クワオワ クワオワ クワオワ
 クワオワ クワオワ クワオワオワオワ

今夜は巡るそらの彼方に 耳を澄ましてみるよ
宇宙のかけらとかけらが会えば ぴっこり音をたてるよ
遠くで歌う君が好きだよ 声を合わせてみるよ
鳥やけものも歌っているよ 胸の鼓動でわかるよ

クワオワ クワオワ クワオワ
 クワオワ クワオワ クワオワオワオワ

ひとりぼっちが寂しい夜は こっそり名前を呼ぶよ
きっと応えて またたいてるよ 気立ての優しい星だよ

クワオワ クワオワ クワオワ クワオワ クワオワ クワオワオワオワ
 クワオワ クワオワ クワオワ クワオワ クワオワ クワオワオワオワ

拉致問題再考 2004年02月16日

ワールド・ピース・ナウの会議で、愚痴ともつかぬ口調でたびたび囁かれる言葉があ
る。「どうして日本ではヒト桁集まる人がすくないんだろう?」

ひとつには既成事実に徹底的に弱い気質の問題もあろう。また、辺見庸氏が当り散ら
している、砂のように集まり砂のように消えていった平和大好きなバブリーな若者た
ちの「痛みのない」心性もあろう。

Newsweekの女性記者が見事にレポートしていたが、今回の派兵は、「大多数の国民の
反対を無視して」行われたのではない。彼らをフリーハンドにする選挙結果を与えた
のはまぎれもなく我々である。

では、なぜ負けたのか?ぼくはやはり拉致問題に負けたのだと思う。
拉致問題と言う、奇妙に日常と非日常が交雑する、つまり我々凡人の日常感覚を恐怖
させる事態が煽り立てられたとき、多くの人々の判断力は停止してしまった。

こうなれば、ミサイルも、不審船も、覚醒剤も、恐い、、、

「救う会」「被害者家族会」が、勝共連合出身のタカ派に引っ張られていることは周
知であろうが、彼らの北朝鮮敵視のまなざしは、まるで水戸黄門の印篭のように、我々
を−そして悲しいかなメディアを−すくませてしまった。左派の自己批判がはじまり、
(これはこれで必要なことであったろう)、メディアの批判力は雪崩を打って崩壊し
た。

「家族会」「救う会」が奇妙に抑えているのは、20数年間事態を放置しておいた日
本政府への批判である。本来であれば、政府に対して、損害賠償の請求がなされても
おかしくない。むしろ彼らは「足並みをそろえて」ならず者北朝鮮に対応させられて
いるように見える。

ところが、今、平壌出迎え−家族の帰国案を巡って、「家族会」の中に亀裂が生じて
いるように見える。Sさんはあきらかにこの案に乗りたいのだし、一時はタカ派の急
先鋒だったH兄氏も、政府の対応に失望を隠さない。ある意味では北朝鮮の揺さぶり
が奏功していると言えるのかも知れないが、、

「良いじゃないか、空港まで迎えに行っても」という声は注意深く封印されている。

メディアの友人の方々よ。
今こそ言おうではないか。「出迎え案に乗ってもいいじゃないか」と。
20数年間事態を放置し続けた日本政府に、交渉は任せられないと。
この放置の責任追求は生温過ぎる!責任者出てこい!と言い続けるべきではないか。

カン・サンジュン氏の指摘を俟つまでもなく、今必要なのは、東アジア全体の平和構
築の枠組みの中に日朝交渉を位置付け、アメリカの軍事攻撃を牽制しつつ、北朝鮮を
どうにかテーブルにつかせることであろう。

明らかにこの国がいま行っていることはその逆である。

週刊金曜日1月9日号の内容を加筆修正したものです。

完璧な、余りにも完璧な! 2004年01月10日

 アメリカが90年代に成功させたハードロックとヒップホップが、これほど見事に
融合した現場を見たことはなかった。それはまるで爆音の城壁に守られた神殿のよう
に音盤上に姿を現す。反逆の司祭ザックの雄叫びに聴衆はどよめく。レイジ・アゲイ
ンスト・ザ・マシーン(以下レイジ)は、プロデューサーに斯界の大物リック・ルー
ビンを迎え、まさに2000年の九月、20世紀を終わるに相応しい最高傑作となる
ライブ音源を録音した。ザックが他のメンバーに脱退を告げたのがその一月後である
から、本作は、彼らの最高にして最後の作品となってしまった。

 自らのマイノリティーとしての出自に飽くまでも忠実に、レイジは最も過激に「第
四帝国(アメリカを指す彼らの造語)」を撃ち続けて来た。結成直後の93年歌詞検
閲機関への全裸での抗議パフォーマンスを始め、民主党大会会議場前の街頭ライブな
どなど、彼らはまさに最前線に居続けたバンドであった。彼らは無実の政治犯ムミア・
アブジャマールの釈放を訴え、白人警察官の暴力を告発し、サパティスタへの共感を
表明し、グローバリゼーションを痛打して来た。
 今回のライブは、デビュー作から「キリング・イン・ザ・ネーム」「ノウ・ユア・
エネミー」、二作目の『イーブル・エンパイア(悪の帝国)』からは「ブレット・イ
ン・ザ・ヘッド」、グローバリズムとの闘いを主題とした『バトル・オブ・ロサンジェ
ルス』からは「テスティファイ」など、かれらの主張を鮮明に歌った代表曲が選ばれ
ている。また意表を衝いたカバーアルバム、『レネゲイド』からなんと元祖政治パン
クバンドMC5の「キックアウト・ザ・ジャムズ」などが演奏されているのが筆者は嬉
しかった。

 もしバンドが続いていたら、レイジは9・11(あるいはその後のアフガン、イラ
ク侵攻という状況を)をどう表現していただろうか?とはよく耳にする疑問である。
もっともレイジが必要とされる時期に彼らが居なかったことを筆者も残念に思う。た
だし、彼らはしっかりと「第四帝国」の本質を見据えており、その独善性、暴力性の
告発は充分にアクチュアリティ−を持ち得ていると思う。例えば
 ニュースキャスターよ、バクダッドは燃えていると保証してくれ
 お前たちが眠っている間も石油はパイプラインの中を勢い良く流れる
 石油ポンプの代償は集団墓地、、、(「テスティファイ」)
などはイラク戦争を予言したかのようではないか。彼らは生々しくコロンブス以来の
侵略の歴史を呪詛し、「バッチを身につけた選ばれし白人たち」が「十字架を燃やし
(KKKの儀式を暗示)」ながら行う殺りくに唾を吐きかける(「キリング・イン・ザ・
ネーム」)。ザックの歌詞は爆弾のように炸裂し、サウンドはヘビーにうねりまくる。
ライブとは思えないほどの完成度である。

 が、この「完成度」の前に我々は立ち尽くす。なにかが「はじけて」いないのだ。
レイジによって完璧に演じられたレイジ。完成度の高さ故に、このバンドがまさに終
わったのだと言うことが実感されてしまう。ザックの脱退に関してさまざまな噂が流
れたが、解散の機は内部的に熟していたのだと思われてならない。ザックによって演
じられるアジテーター・ザックには陰りがなく、なぜか「遠い」。

 ゆえに、日本盤だけのボーナストラックであるDEVOのカバー「ビューティフル・ワー
ルド」で、ザックがティムのギターだけで、むしろぼそぼそとのシニカルな名作を歌っ
た時に、筆者はこの不世出のバンドの不在を一番嘆いたのであった。しかし虎は確実
に、見事な皮を遺していったのである。

「週刊卍」バックナンバー
2001年 2002年 2003年

トップ ニュース メンバー So-Soの歩み 掲示板 リンク
HPについて 週刊卍 恭介の部屋 空が落ちてくる! 試聴室 更新履歴

Copyright (C) 2001-2013 SoSo-Sha All Rights Reserved.